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iVDRで聴く&観る「ベルリン・フィルの軌跡」

「iVDR」という名前をご存じだろうか? iVDRは2002年に制定された「カセット・ハードディスク」の国際標準規格。ハードディスクならではの大容量を誇る新時代のメディアとしてこれからが期待されているが、3月1日に、この大容量を活かしたなんと50タイトルものベルリン・フィル関連の映像作品が収録された「ベルリン・フィルの軌跡」という「カセット」が発売された。音声はAACあるいはリニアPCM版が選べ「iVDR再生プレーヤー」付での発売である。山之内氏宅で小型の視聴システムを組みその音と絵を体験してみた。

文:山之内正
※「レコード芸術」2016年4月号より転載

再生用のハードが付属!
カセット・ハードディスク


『ベルリン・フィルの軌跡〜iVDRコレクション』は、ベルリン・フィルのライヴを集大成した映像選集で、全50タイトルをコンパクトなカセット型ハードディスク「iVDR」に記録した新世代のパッケージ・ソフトである。購入特典としてiVDRの再生機が付属するので、家庭のテレビやオーディオ機器にHDMIケーブルをつないですぐに楽しめる。その手軽さと、データがディスクに比べてかさばらないことは注目に値する。

収録は1977年から2015年に及んでいて、DVDなどで発売された年代もそれぞれ異なるため、同じ内容のディスクが発売されていたとしても、改めてすべてを集めるのは非常に難しいと思われ、タイトルによっては入手できないかもしれない。コンパクトなメディアに集約し、いつでも見られるように手元に確保しておく意義はありそうだ。

iVDRというメディアに触れたことがない読者が多いと思うので、まずは概略と使い勝手を紹介しておこう。iVDRカセットはテレビのリモコンの半分ぐらいしかないうえに着脱式なので、ブルーレイ・ディスク・レコーダーなど既存のiVDR対応機器でも再生ができる。iVDRは録画機に組み込んで番組録画にも使えるが、今回のタイトルのように長時間記録が可能なパッケージ・メディアとして発売される例も増えてきた。著作権保護技術を組み込んだ国際規格のカセットなので、コンテンツ製作者が安心して参入できることもメリットの一つだ。
 

山之内氏宅で超小型のiVDR によるシステムを組んだ 山之内氏宅で超小型のiVDR によるシステムを組んだ


こちらがiVDRカセットの本体。本当に小型 こちらがiVDRカセットの本体。本当に小型


接続はHDMIケーブル一本ですむ。非常に簡単 接続はHDMIケーブル一本ですむ。非常に簡単


カセットを機械に入れる。ビデオのようにがっちり中に入り込むのではなく「挿す」感覚 カセットを機械に入れる。ビデオのようにがっちり中に入り込むのではなく「挿す」感覚だ


プログラム画面。眩暈がしそうな豪華なプログラムが並ぶ。リモコンで選んで「決定」を押すだけ プログラム画面。眩暈がしそうな豪華なプログラムが並ぶ。リモコンで選んで「決定」を押すだけ

64時間分が1本に。
プログラム選択も容易


今回のカセットは容量が1TBと大きく、計50タイトル(210曲)の収録時間は約64 時間に及ぶ。映像は一部を除いて16:9のワイド・アスペクトで収録されているが、同じワイド画面のプログラムでもハイビジョン(ブルーレイ・ディスク同等)のものと、解像度が若干低めのDVD相当のタイトルが混在しているようだ。それはもちろん収録年とも関連していて、ヨーロッパ・コンサートの例だと1990年代後半から解像度が上がり、2002年のパレルモを境にそれ以降はさらに画質が良くなるのがわかる。音声はステレオが基本だが、一部のタイトルでは5・1chも選べるので、AVアンプを持っているならサラウンド再生も可能だ。なお、標準仕様のパッケージは圧縮音声のAACで記録されているが、それとは別に非圧縮のPCM版も用意されている。

50タイトルも入っていると目的の曲を探す手間が心配になるが、コンサート単位のリストや「ヨーロッパ・コンサート」、「ガラ・コンサート」などジャンル別の一覧画面が呼び出せるため、選曲は簡単で、操作への反応も速い。また、全コンサートの収録曲と各タイトルの見どころを掲載した小冊子が用意されており、そこから聴きたい曲を決めてタイトルを選ぶ方法もある。複数のタイトルを横断して再生しても、タイトルごとに前回見ていた位置から再生するレジューム機能が利用できる点も親切だ。

計15回分が収録された
ヨーロッパ・コンサート


ここからは実際に収録されているタイトルの紹介に移ろう。タイトル数が一番多い「ヨーロッパ・コンサート」は、1995年のフィレンツェから2015年のアテネまで、計15回のコンサートを収録し、今回の選集のハイライトと呼ぶべき充実ぶり。ベルリン・フィルの創立記念日である5月1日にヨーロッパ各地で開催される同コンサートはいまでこそ知名度が高く人気があるが、1990年代はまだそれほど注目されていなかった。各地の由緒ある建造物やホールが演奏会場に選ばれるため、映像の見どころが多く、フィレンツェのヴェッキオ宮殿、サンクトペテルブルクのマリインスキー劇場など、耳を楽しませる優れた響きに加えて、美しい内装をとらえた映像からも目が離せない。沈没船を実際に引き上げて展示したストックホルムのヴァーサ号博物館では、実物の巨大な軍艦の前で《さまよえるオランダ人》序曲やチャイコフスキーの《テンペスト》を演奏するという大胆な演出が、オペラの舞台を見ているような劇的効果を発揮する。1998年に行なわれたこのコンサートでは、力強い指揮を見せるアバドの姿をカメラがとらえている。

シェーファー、アックスらによる
「クラクフの夜」


その翌年ポーランドのクラクフで行なわれたヨーロッパ・コンサートは有名な聖マリア教会が舞台だ。シェーファーがモーツァルト《エクスルターテ・ユビラーテ》と《大ミサ曲》の独唱、アックスがショパンのピアノ協奏曲第2番の独奏を弾き、指揮はハイティンクという豪華な顔ぶれで、今回収録されたコンサートのなかでも屈指の響きの美しさに感銘を受ける。長い残響の中、独唱やピアノの音が伸びやかに広がり、コンサート・ホールでは体験できない豊かな響きが素晴らしい。ちなみに1999年はショパンの没後150年に当たり、会場とプログラムはそれに因んで決められた。

記念イヤーのヨーロッパ・コンサートとしては、モーツァルト生誕250周年の2006年にプラハのエステート劇場で行なわれた公演も見逃せない。《ドン・ジョヴァンニ》はこの劇場のために書かれた作品で、モーツァルトとプラハの深い関係を語るときには外せない劇場だ。このプラハ最古の小さな劇場では《ハフナー》と《リンツ》、そしてバレンボイムの弾き振りで第22番のピアノ協奏曲、バボラークの独奏でホルン協奏曲第1番が演奏される。特に前者第2楽章のバレンボイムの独奏は曲の隅々まで深い陰影を刻み、オーケストラと共鳴する響きの美しさは格別だ。

バレンボイムのモーツァルトと
ヴァルトビューネ7回分


バレンボイムの弾き振りによるモーツァルトのピアノ協奏曲は、これとは別に第20番から第27番までの8曲が別タイトルとして入っている。ベルリンのシーメンスヴィラで1986年から1989年にかけて撮影されたもので、バレンボイムの独奏はすでにこの時から伸びやかな音色と歌いかけるようなフレージングで演奏をリード。プラハのコンサートではオーケストラのメンバーの大半が入れ替わっているが、バレンボイムの独奏と指揮は20年を経てもほとんど変わっていない。協奏曲8作品の映像は1980年代後半としてはひときわ画質が良いが、これはオリジナルの35?フィルムからマスターを作成したためだろう。同内容のBDに比べてもほぼ遜色ない画質だ。

ヨーロッパ・コンサートと並んで人気の高い「ヴァルトビューネ」の野外コンサートは7回の公演を収録している。ヴァルトビューネはベルリン中心部からそれほど遠くない場所の野外ステージだが、会場を吹き抜ける風は森の冷気を含んでいて、夕刻から始まるコンサートは涼しい空気に包まれる。会場の音響は意外に明瞭で、舞台のマイクはさらに鮮明な音をとらえている。毎年テーマを定め、いつものコンサートでは聴けないポピュラーな選曲を工夫していることが特徴で、ラトルが登場して《ポーギーとベス》の抜粋を上演した1995年の「アメリカンナイト」、シャイーの指揮でニーノ・ロータやレスピーギを演奏した2011年の「フェリーニ ジャズ&コー」など、ベルリン・フィルの別の魅力を堪能できるプログラムが並ぶ。小澤征爾は1993年の「ロシアン・ナイト」と2003年の「ガーシュウィン・ナイト」に登場していて、特に後者ではマーカス・ロバーツ・トリオのジャズ演奏とオーケストラの共演という斬新なプログラムが目を引く。

名歌手揃い踏み
充実極めるジルヴェスター


かつてNHKが生中継を行なっていたので、大晦日の「ジルヴェスターコンサート」も日本のファンにはおなじみの存在だ。今回はそのなかから「ガラ・フロム・ベルリン」と題して5つのコンサートを収録。収録プログラムのなかではフォン・オッターがカルメンを歌い、シャハムがカルメン幻想曲を弾いた1997年、シェーファーやキーンリーサイドがモーツァルトとヴェルディを歌い、フレーニがエフゲニー・オネーギンの手紙の場面を歌った1998年の公演はどちらも忘れがたい名演である。アバド時代、オペラに関連したプログラムが非常に充実していたことを懐かしく思い出した。

そのほか、2000年代初頭にアバドが振ったベートーヴェンの交響曲8作品、チェリビダッケが38年ぶりにベルリン・フィルを振った1992年のブルックナーの交響曲第7番など、節目となる重要なコンサートが多数収録されている。特典という位置付けのカラヤンの第九は1977年の映像で、トモワ=シントウ、バルツァ、コロ、ダムら独奏陣の顔ぶれが懐かしい。

ベルリン・フィルの音源は数え切れないほど存在する一方、映像記録はかなり限定されると思っていた。だが、今回の選集を見ただけでも、プログラムの充実ぶりは想像を超えている。ベルリン・フィルが他のどのオーケストラよりも新しいメディアに積極的に取り組んできた成果である。同時代を生きる音楽ファンとして、貴重な音楽体験を映像とともに何度も共有できるのは素晴らしいことだと思う。

リモコンはシンプルかつ小型で使いよい リモコンはシンプルかつ小型で使いよい


充実した解説書つき 充実した解説書つき


『映像で巡る名演撰集 ベルリン・フィルの軌跡 iVDR Collection』



『映像で巡る名演撰集 ベルリン・フィルの軌跡 iVDR Collection』

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●メディアフォーマット:iVDR(iV VIDEO)
●映像:ハイビジョン映像(一部スタンダード)、日本語曲名字幕付
●音声:AAC 形式 ステレオおよび5.1ch サラウンド(一部)
(※リニアPCM版形式で収録されたiV VIDEO PLUS 版も同時発売
●総収録時間:約64時間
●解説書:1冊:A5判カラー(56 頁)
●価格
通常版¥166,000
リニアPCM版¥176,000円

〈収録内容 全210曲〉
■1〜15:ヨーロッパ・コンサート(15コンサート)55曲
■16〜22:ヴァルトビューネ・コンサート(7コンサート)71曲
■23〜27:ジルヴェスター・コンサート(5コンサート)51曲
■28〜35:バレンボイムモーツアルト後期ピアノ協奏曲集8曲
■36〜43:アバドベートーヴェン交響曲選8曲
■44:マゼール言葉のない《リング》(1コンサート)1曲
■45:チェリビダッゲ『再会コンサート』(1コンサート)1曲
■46〜50:名演セレクション(5コンサート)14曲
■特典:カラヤンベートーヴェン第九(1コンサート)1曲